福岡高等裁判所 昭和53年(ネ)266号 判決 1979年7月12日
控訴人(附帯被控訴人)
株式会社親和銀行
右代表者
犬塚時夫
右訴訟代理人
安田幹太
外二名
被控訴人(附帯控訴人)
北九州木材住宅ローン株式会社
右代表者
中達次郎
右訴訟代理人
大家国夫
主文
原判決中控訴人(附帯被控訴人)敗訴部分を取消す。
被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。
被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。
事実
控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」という。)代理人は、控訴につき主文第一、二項同旨並びに「訴訟費用は被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という。)の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき主文第三項同旨の判決を求め、被控訴人代理人は、控訴につき「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴として「原判決中被控訴人敗訴部分を取消す。控訴人は、被控訴人に対し、金一八八万五〇六五円及びこれに対する昭和五一年四月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
一 控訴人の補足的主張
1 控訴人の本件手形の支払呈示、手形訴訟提起及び異議申立預託金の仮差押は、いずれも適法な権利の行使であり、不法行為を構成するものではない。
(一) 本件手形の引受の効力については、次の理由により有効というべきである。
(1) 本件手形の引受については、被控訴人取締役会により追認されている。
被控訴人の社長城戸は、被控訴人が本件手形を割引いた翌日の昭和四九年二月二〇日に、小野田から本件手形の引受欄に被控訴人代表者印を押した旨の報告を受けており、他方泰商木材が同月一九日に金員を必要としていたことも知つていた。それ故、同月一九日を経過しても泰商木材は倒産していないのであるから、城戸は小野田の右報告を受けたときに、本件手形によつて控訴人が融資したことを知つたのである。また、被控訴人の他の取締役も、控訴人の本件融資の前後に亘り、泰商木材の救済について話合つており、城戸からの報告で本件手形による融資について知つていた。
そして、本件融資後の被控訴人の取締役会では数回に亘り、被控訴人の手形によつて、再度控訴人に融資を依頼することを協議しており、昭和四九年四月初旬頃、被控訴人取締役会は右の融資を承諾している。結果的には、再度の融資依頼は小野田の反対によつてなされてないが、右取締役会は、本件手形の引受を承認していることを前提とするものであり、少なくとも本件融資のための被控訴人の引受を追認したものである。
(2) 被控訴人が、本件手形の引受につき取締役会の承認の欠缺を理由として、引受の無効を主張することは権利の濫用に当る。
(ⅰ) 被控訴人は、ローン会社で木材商が中心となつて設立されたものであるが、その設立の目的は木材商の資金獲得にあつた。当時ローン契約が締結されると、金は銀行から消費者に行かず、被控訴人を経由して木材商に渡つて資金として利用されていたのである。しかも、右融資は、抵当権の目的たる建物完成前に実行されるのが通常であつたので、ローン物件に抵当権の設定される以前に、何らかの理由によりローンの返済がないときは、銀行は被控訴人に対して責任を追及する仕組みであつた。つまり、実質的には、木材商の資金獲得のために銀行に信用を供与することが被控訴人の業務であつた。ところが当時、加賀建設の不祥事により、被控訴人はローンの実行を停止されていたという状況にあつたため、泰商木材の資金繰りが苦しくなつていたのである。控訴人に対する本件融資依頼は、右のような事態に対処するため、ローンの再開によつて泰商木材の資金繰りができるようになるまでのつなぎとしてされたものであり、まさにローン契約における西日本相互銀行が果していた役割を控訴人に求めたものであつた。とすれば、本件融資に際して被控訴人が本件手形の引受をしたことは、被控訴人にとつて、信用供与の相手がローン契約における西日本相互銀行から控訴人へと代つただけであり、これは被控訴人の業務とするところである。
右のような被控訴人の業務の特殊性及び本件引受の性格を考えれば、形式的に商法二六五条に該当することもつて引受の無効を主張することは、権利の濫用である。
(ⅱ) 被控訴人は、自ら引受につき取締役会の承認を得るかのようにして本件手形の割引を要請し、さらに割引後二ケ月もの間控訴人に対して異議の申立もせずに放置して、あたかも取締役会の承認が得られた外観を作出している。被控訴人はこれにより引受の有効を信じ振出人に対する措置もとらずにいたのである。しかるに振出人が倒産するや、承認の欠缺を主張して右外観に反する主張をすることは、禁反言の理論からも許されず、権利の濫用に当る。
(3) 商法二六五条にいう取引には手形行為は含まれない。
手形行為は金銭支払の手段的関係にすぎず、原因関係の履行的方法にすぎない。そこには利害の対立は存せず取締役会の承認は不要と考えるべきである。
(二) 違法性について
手形金の請求のための支払呈示行為、手形金請求及び仮差押の訴訟行為は、手形上の権利者が債務者に対してする権利の行使であるから、これらの行為が不法行為の要件を具備しているというためには、単に訴訟の結果、訴訟物たる権利が認められなかつたというだけでは不十分である。即ち、権利のないことを知りながら敢えて紛争解決以外の目的でした場合、または権利のないことを知り得べきであるのにこれを認識せずして著しく軽率に訴を提起した場合のように、目的その他の諸般の事情からみて著しく反社会的、反倫理的なものと評価され、公の秩序善良の風俗に反すると認められる場合でなければならない。
(1) 本件手形の効力についての控訴人の認識
控訴人三萩野支店長岡誠は、本件引受手形の割引を要請された日に、被控訴人社長及び副社長に対し取締役会の承認が必要であることを説明していたのであつて、敢えてその翌日、三谷が被控訴人引受印のある手形を持つてきたことから、引受につき、取締役会の承認があつたか、もしくは追認されるものと信じて、手形を割引いて融資した。そしてその後被控訴人取締役会は右事実を知りながら、二ケ月余りもの間何等の異議の申入れもしてこないことから、既に取締役会の承認があつたことを控訴人において確信していたのである。
控訴人は、決して本件手形を無効と知りつつ支払呈示したものではなく、あくまで有効と信じたからこそ支払呈示したものである。
(2) 過失について
控訴人が本件手形を有効と考えて、支払呈示をし、さらには訴訟を提起した行為については、前記諸般の経緯から、本件手形引受につき既に被控訴人取締役会の承認もしくは追認があつたと信じたものであり、かく信ずるについては相当の理由があつたというべきである。
従つて、控訴人の本件手形の支払呈示並びに訴訟提起等の措置には合理的な理由があり、この点に過失はない。
また、手形行為が商法二六五条の取引に含まれるかについては議論のあるところであり、これを否定する学説も少なくない。このような場合、自己の信ずる理論を主張して訴を提起することは、まさに裁判を受ける権利の行使であり、これをもつて、反社会的、反倫理的行為とはいえない。
(三) 信義則
被控訴人の損害は、被控訴人側の責に帰すべき事由に起因するものであり、これを控訴人に請求することは信義則上許されない。
控訴人が本件手形の引受を有効と信じ、支払呈示、訴訟提起をしたのは、すべて被控訴人側の行為に起因する。被控訴人の社長、副社長が被控訴人引受の本件手形の割引を要請し、取締役会の承認の必要なことを説明された後も、協力を要請し、その翌日、被控訴人取締役三谷と被控訴人の実権を握つていた小野田によつて本件手形の引渡部分は作成され、さらには城戸、鶴我、小野田らは引受けた手形の割引かれたことを知つた後も放置している。
以上の被控訴人の行為がなかつたならば、控訴人は、支払呈示、訴訟提起の措置をとることはなかつたのであり、従つて、控訴人の主張する損害も発生しなかつた。被控訴人に生じた損害は、被控訴人自らに起因するもので、これを控訴人に転嫁することは信義則上許されない。
2 被控訴人には何らの損害も発生していない。
城戸の銀行定期預金の引出行為、鶴我の銀行からの借入れ行為、両名の不渡異議申立提供金の預託行為及び弁護士費用の支払行為は、いずれも法律上の義務に基づく事務であり、事務管理ではない。
手形行為が商法二五六条の取引に含まれるとすれば、泰商木材振出の為替手形につき被控訴人が引受をするには、取締役会の承認を得なければならないのであるから、これを得ないで被控訴人の代表者として取締役が引受をしようとすること自体、会社に対する忠実義務に違反する。そして一旦引受ける外観を作出したときは、もし取締役会の承認を得るつもりがないのであれば、その外観を除去すべく、まして承認なくして引受けられた手形が振出されたことを知つた場合には、取締役は、早急に手形を回収するなり異議を述べる義務を会社に対して負つている。けだし、善意の所持人には無効を主張しえなくなるばかりでなく、手形の所持人から当然支払呈示をされ、訴を提起されることは容易に予見可能であり、これらによつて会社が被る損害を未然に防ぐことも、会社に対する忠実なる職務遂行のひとつだからである。
しかるに城戸、鶴我は、取締役会の承認を得ていないにも拘らず、被控訴人引受のある本件手形の割引を控訴人に要請し、取締役会の承認は無理とわかつていたとしても、そのことを控訴人に伝えるでもなく、さらには割引されたことを知つた後も二ケ月余りの間、何らの措置をとらずにこれを放置したため、結局控訴人による支払呈示、訴訟提起を招来したのであつて、これらの行為は会社に対する忠実義務に違反するものである。従つて、城戸と鶴我には、被控訴人に対し商法二六六条一項五号の規定に基づいて右忠実義務に違反する行為によつて生じた損害を賠償する義務があるところ、同人らによる不渡異議申立提供金の預託及び弁護士の訴訟委任による弁護士費用の負担は、同人らの右損害賠償義務の履行にほかならないのであつて、被控訴人のための事務管理には当らない。
二 右主張に対する被控訴人の反論
1 本件手形引受を被控訴人の取締役会が追認したことは否認する。
昭和四九年三月頃、被控訴人の取締役会で数回に亘り、被控訴人引受の手形によつて融資することを協議したとの主張事実は否認する。
なお、本件手形を担保とした融資が行われたということは城戸、鶴我、小野田は全く知らなかつた。
2 取締役会の承認の欠缺を理由として、引受の無効を主張することが権利の濫用に当る旨の控訴人の主張は争う。
本件手形は三谷が小野田を欺いて捺印させたもので、被控訴人が振出したものではなく、かつ、取締役会の議事にもなつていない。
また、被控訴人は、引受につき取締役会の承認を得るかのようにして本件手形の割引を要請したことは全くない。
控訴人の方から呈示の前に手形引受の真偽並びに取締役会の承認の有無を確めるべきであつた。被控訴人は、西日本相互銀行に照会して銀行の慣行を確め、その結果、控訴人において本件手形を使用することはないと信じたのであり、そう信ずることには相当の理由がある。
なお、商法二六五条にいう取引に関する控訴人の主張は、法解釈の問題であつて、権利濫用の問題ではない。
3 岡支店長は、本件手形の引受につき取締役会の承認のないことを知りながら、本件手形を割引いたものであるが、同人は、その後被控訴人に対し全く照会することもなく約二ケ月を経過したころ、被控訴人から取締役会の承認のない手形であるから引受が無効である旨を申出られたものである。
しかるに、控訴人は、何らの反証もないのに右申出を嘘だと曲解して、本件手形を呈示したのであるから不法行為となることは明らかである。
4 控訴人の本件手形の支払呈示並びに訴訟提起等の措置に過失があつたことは明らかである。
被控訴人代表者より、本件手形の引受につき取締役会の承認の欠缺を申出られたのに対し、岡支店長がこれを疑うならば、議事録の呈示を求めるとか、その他の調査をしてその申入れが嘘だとの証拠がない限りこれを信じて手形の呈示を見合わすべきであつたのに、控訴人は、何らの証拠もないのに本件手形を呈示し、仮差押までしたのであるから、控訴人の右所為が不法行為となることは明白である。
5 被控訴人主張の損害について、その賠償を信義則上請求できない旨の控訴人の主張は争う。
三 新たな証拠<略>
理由
一被控訴人の請求原因1ないし3項の事実は、昭和四九年二月一八日、当時被控訴人の訴外会社のための保証または本件手形引受につき取締役会の承認が得られないことが明らかであつたので、城戸及び鶴我と岡との間で融資話が打切られたかどうかの点を除き、すべて当事者間に争いがない。
二<証拠>に、前記争いのない事実を総合すれば、(一) 昭和四九年二月一八日、訴外会社代表取締役三谷博人の依頼により、被控訴人の当時の社長城戸義路及び副社長鶴我時雄が控訴人三萩野支店に赴き、同支店長岡誠に面会して、「明日にも訴外会社が決済しなければならない手形が回つてくる。」旨を述べて、被控訴人の保証または為替手形引受による訴外会社に対する融資方を懇請したところ、右支店長から、右三谷が被控訴人の常務取締役を兼ねているため、被控訴人の保証または為替手形引受の有効要件として被控訴人の取締役会の承認が必要である旨説明されたが、その際右城戸及び鶴我は、内心右取締役会の承認は得られないであろうと考えたものの、そのことを右支店長に明言することなく、ともかく訴外会社に対する融資方に協力願いたい旨を述べて右支店を辞去したこと、(二) 他方、右支店長岡誠は、被控訴人の社長及び副社長らが右のように懇請したほか、被控訴人が木材業者の資金獲得を目的として木材業者が株主となつて設立したローン会社であるところ、当時被控訴人が内部の不祥事によりローン契約の締結を停止されていてロンーの再開に向つて整理再建中であつたため、訴外会社が倒産すると被控訴人のローン再開の見通しが崩れて被控訴人自身困る事情にあることも右城戸及び鶴我の話から窺われたので、右保証または手形引受につきいずれ当然被控訴人の取締役会の承認が得られるものと信じて、翌一九日未だ右承認のないことを秘して訴外会社に対する融資につき控訴人本店の禀議に付し、その承認を得たうえ、訴外会社から被控訴人の引受記載のある本件手形の裏書譲渡を受け、これを担保として、同日金六〇〇万円、翌二〇日金八五〇万円を訴外会社に貸付けたこと、(三) 城戸は翌二〇日に、鶴我はその二、三日後に、小野田(同年二月一日被控訴人の専務取締役になるべく西日本相互銀行から派遣されて入社し、その頃被控訴人の業務全般につき一応の決裁権をもち、代表者印を保管していた。)が三谷に騙されて本件手形の引受欄に被控訴人の代表者印を押捺した旨の報告を受けながら、控訴人に対し何らの通知もすることなくこれを放置していたものであるが、同年四月一一日頃訴外会社が手形の不渡を出して倒産したのちである同月二〇日頃、城戸及び鶴我は、岡に対して、被控訴人の本件手形引受については取締役会の承認がなく且つ被控訴人においてこれを一時に支払う資金もないから、本件手形を支払呈示することなく返還して貰いたい旨の申入れをしたこと、(四) 右申入れを受けた岡は、これを拒絶し、前記経緯からすれば被控訴人の取締役会の追認があつた筈であるから、あくまで右引受を有効と信じて、控訴人の代理人として本件手形を各満期に支払場所に呈示して支払を求めたこと、(五) これに対し、被控訴人は、手形引受につき取締役会の承認がないことを理由に支払を拒絶し、右手形不渡処分を免れるため、資金不足の被控訴人に代つて、城戸及び鶴我がやむなく各満期に各手形金額の半額宛を捻出し、各手形金額に見合う不渡異議申立提供金を北九州銀行協会に被控訴人名義で預託したこと、(六) その後控訴人は、不良債権の損金処理については回収に努力した事態が明らかでないと大蔵省の監査により承認されない事情もあつて、仮差押及び手形訴訟に踏切ることを検討し、仮に城戸及び鶴我の主張どおり本件手形引受につき被控訴人の取締役会の承認も追認もないとして、手形行為が商法二六五条の取引に含まれるか否かについても法律雑誌、判例集などにもあり、弁護士である控訴人代理人にも相談の結果、積極説である現在の最高裁判例には反対意見もあり、有力な反対学説もあるので、右判例は流動的である旨判断し、最終的に右手段に出る方針を決定し、被控訴人の右提供金一四五〇万円の返還請求権に対し債権仮差押命令申請をし、福岡地方裁判所小倉支部昭和四九年(ヨ)第二七四号仮差押決定が発せられ、その頃前記協会に送達されたこと、(七) さらに控訴人は、被控訴人に対し同支部昭和四九年(手ワ)第七二号本件手形金請求訴訟を提起したが、右手形引受が偽造にかかるものであるとの理由で請求を棄却されたので、これに対し異議の申立をし、同支部昭和四九年(ワ)第八三四号本件手形金請求事件として審理されたが、昭和五一年二月一八日、右手形引受が偽造にかかるものであること、予備的に被控訴人の取締役会の承認を欠きこれを岡が知りながら手形の裏書譲渡を受けたことを理由とする右手形判決認可の判決があり、控訴人は、右判決に不服であつたが、この件に関しこれ以上訴訟で争うことを断念し、控訴をしなかつたため該判決が確定し、次いで同年三月一八日控訴人が前記債権仮差押命令申請を取下げ、同月二五日これが前記協会に送達された結果、被控訴人は、同日漸く前記提供金の返還を受けてこれを城戸及び鶴我に返還したこと、以上の事実が認められる。
もつとも、<証拠>中には、昭和四九年二月一八日、域戸及び鶴我は岡の説明した取締役会の承認は得られないので訴外会社への融資に対する被控訴人の保証または手形引受はできない旨岡に対し明言し融資話を打切つたとの被控訴人主張に副う部分があるけれども、右の部分は、<証拠>及び控訴人三萩野支店が現実に訴外会社に対し被控訴人の引受記載のある本件手形を担保に手形金額相当の貸付をした事実に比照したやすく信用し難く、他方、被控訴人の取締役会が右手形引受を黙認もしくは追認していたとの控訴人主張事実を認めるに足る証拠もなく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によれば、控訴人三萩野支店長である岡誠は、控訴人の代理人として、被控訴人の本件手形引受が取締役会の承認を欠くことを知りながら、本件手形の裏書譲渡を受けたものであるが、その際、被控訴人の当時の社長城戸及び副社長鶴我の懇請により本件手形を担保として訴外会社に融資した前記経緯からして、被控訴人の取締役会の追認が当然得られるものと信じていたものである。しかし、その後、被控訴人の取締役会で本件手形引受を黙認もしくは追認していたと認めるに足る証拠のないことは前記のとおりであり、また、本件手形の満期前の昭和四九年四月二〇日頃、城戸及び鶴我は、岡に対し被控訴人の本件手形引受については取締役会の承認がないことなどを理由に本件手形の返還を申入れたが、岡は、城戸及び鶴我の右言明にも拘らず取締役会の追認が当然あつたものと信じていたものであり、かく信ずるについては、右融資に至るまでの経緯、右申入れが訴外会社の倒産後にされたものであり、しかも右申入れに至るまで被控訴人から控訴人に何らの通知もされていないこと等の事情に照らして相応の理由があつたというべきであるから、岡が被控訴人の本件手形引受については取締役会の追認によつて有効となつた筈であると信じ、これを各満期に支払場所に呈示して支払を求めた行為を違法と評価することはできない。
また、控訴人は、本件手形の支払呈示をした後、被控訴人の不渡異議申立提供金の返還請求権に対し仮差押をし、さらに被控訴人に対し手形訴訟を提起しているが、控訴人としては本件手形引受が有効であると信ずるにつき相当の理由があつたというべきであるうえ、前記のとおり、右の手段に訴えるについては銀行業務を誠実に遂行する目的に出たものであり、しかも慎重な検討を経たうえでの所為であること等に照らして、右仮差押及び手形訴訟の提起は、裁判を受ける権利の正当な行使であつたということはできても、これをもつて違法というべき事由を見出すことはできない。
もつとも、手形訴訟において、控訴人の請求を棄却する旨の手形判決がされ、これに対し控訴人は異議の申立をしたが、結局これに対しても右手形判決を認可する旨の判決があつたわけであるが、右訴の提起(これに先立つ仮差押を含む。)が、右のとおり目的その他諸般の事情から著しく反社会的、反倫理的なものと評価され、公序良俗に反すると目すべき事情を見出しえず、むしろ正当な権利の行使であつたというべきものである以上、控訴人が右訴訟の結果敗訴となつたとしても、右仮差押、右訴の提起によつて被控訴人が被つた損害を控訴人において賠償すべき謂れはないものというべきである。
三そうすると、前記岡及び控訴人について不法行為の成立が認められない以上、その成立を前提とする被控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れないから、これと判断を異にする原判決は被控訴人の請求を認容した限度で取消を免れず、また附帯控訴はもとより理由がない。
よつて、原判決中、控訴人敗訴部分を取消して被控訴人の請求を棄却するほか、被控訴人の附帯控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(斎藤次郎 原政俊 寒竹剛)